2025年の僕のベスト1ムービー『キムズビデオ』。初めて観た時はあまりの衝撃に興奮しっぱなし。とにかく「映画」「映画」「映画」で、映画だけ好きでいて良いんだ!と励ましてくれた気がした。
そして先週、キネカ大森で再見。何回観ても興奮と感動で最高だったけど、映画を「残す」ということはなんだろう?と考えさせられた。
「キムズビデオ」はかつてニューヨークにあった「伝説」と呼ばれるレンタルビデオ店で、メジャーからインディーズ、さらにはソフト化されていないゴダールの超貴重な映画までもが海賊版としてレンタル出来たらしい。ニューヨークで映画を借りるといえば「キムズビデオ」と言われるほどシネフィル達にとって聖地となり、また楽園でもあったのだそう。
しかし時代は徐々に配信へと傾いていって、映画はわざわざ映画館やレンタルビデオに行かなくてもパソコンやスマホ1つで気軽に見られるようになった。「キムズビデオ」も時代には勝てず、シネフィルたちの聖地は過去のものへとなっていった。
映画はその20年後、かつて「キムズビデオ」の会員だったデイビッドが膨大にあったビデオの行方を探すところから始まる。道行く人達に「キムズビデオ」がどうなったか尋ねるデイビッドだが、人々は誰も知らない。もはや過去は消え去り、記憶からも消えてしまった。
それでもデイビッドは諦めず、ビデオは閉店後すぐにイタリアのサレーミ島に移され現在も保管されていると知る。
サレーミに向かうデイビッドだが、そこでも誰も「キムズビデオ」のことを知らず、忘れ去られている。なんとか保管場所に辿り着き、倉庫に保管されている大量のビデオたちと再会するデイビッドだが、ビデオにはカビが生えて、倉庫も埃や湿気というビデオテープには最悪な環境で保管されていた。
そんなずさんな保管状態、そして誰からも忘れ去られ「思い出」ですらなくなってしまったビデオたちにデイビッドは絶望しかけるが、ビデオたちが発した「声」に励まされデイビッドはこのビデオたちを全てニューヨークに連れ戻すことを決意する。
当時ビデオをサレーミ島に迎えることを決めた市長や、「キムズビデオ」の創設者キム・ヨンマンにデイビッドは会いに行き、なぜビデオがこんな状況になってしまったのか聞き出そうとするが誰も答えず、忘れた事だと取り合わない。
それでも諦めないデイビッドは、確かに聞いたビデオたちの「声」を信じ、ついには犯罪行為は芸術になり得ると無断でビデオを救出する作戦を決行する。しかも映画の精霊たちを召喚して。
ゴダールやヒッチコック、ヴァルダ、ジャームッシュにジャッキー・チェンまで、まさに映画の神々とでも呼べるような存在の監督達が次々とビデオを盗み出す。それはもはや犯罪行為や理屈、現実を越えた「映画」としか言えないものがあった。
実際にはちゃんと行政機関にかなりの期間ビデオをニューヨークに連れ戻すための交渉を行ったそうだけど、その交渉を一切映さず映画の神々が盗み出す。という表現にしたことに感動する。これは「映画」なのだ。
1895年にリュミエール兄弟がシネマトグラフを発明してから、映画は様々な変化を遂げてきた。『工場の出口』から始まった映画は、今や現実を記録するだけではない、映像の中に別の現実を生み出すことも可能になり、上映媒体もフィルムからDCPへ。またパッケージもビデオテープ、レーザーディスクやDCD、Blu-rayとデジタル化が進み、今は配信。脱身体化した映画はどんな時間、どんな場所でもネットさえあれば観れるようになった。
映画は科学技術だから、時代が進むにつれて形態が変わっていくのは当然。だけどデジタル化が進んでいく一方で、時代に取り残され失われた映画も数多くある。溝口健二や小津安二郎の戦前の無声映画はフィルムが残っておらず観ることができない。昔いまおかさんが「映画は傑作しか残らないから、駄作は失われていく」と言っていたのを思い出す。諸行無常といえばそうなのかもしれないけれど、残る映画と消える映画の境界線はどこなんだろう。1億人が好きな映画と、1人だけが好きな映画の違いはなんなのだろう。